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New Economy

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2021.3.3 (WED)
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【レポート】『【Cheer! WOMEN CHANGEMAKERS】セッション2「Self-bias と 創造性」』

UoCは「女性の創造性」を研究テーマの一つに掲げ、さまざまな女性の社会課題をポジティブに解消し、女性一人一人がエンパワメントされる社会を模索している。

セッション2は「Self-bias と 創造性」がテーマ。セルフバイアスとは、社会などの外的要因からつくられるソーシャルバイアスと対になる、自分自身が自分自身にかけているバイアスのこと。

自分の創造性を閉じ込めているのは自分自身かもしれない。自分の中に存在する無意識バイアスを外して、創造性を解放するにはどうすればいいか。その先にある「女性が創造性を発揮できる未来」を実現するには、どういった制度や認識が必要か。

ジェンダー先進国であるスウェーデン、それとは真逆のガーナといった海外からの視点、LGBTQという「男女」の二分法を脱構築する視点、データサイエンスやデザインの視点など、さまざまなバックボーンを持つカタリストの視点を通して考える。


facilitator

キム・ソヨン(UoC リサーチャー)


#女性  #創造性 


「「そんなに楽しそうに生きているのは、性同一性障害として偽物だ」と言われてしまって」(杉山)

 

「女性の社会進出が語られるなら、男性の家庭進出も同じように語られるべき」(福田)

 

「多様性の中にある、さらなる多様性にしっかり目を向けていく」(杉山)




フラットな可能性を提示できているか

 

キム:まずはみなさんに「セルフバイアスに性差はあるのか?」ということについてお聞きしたいと思います。

 

杉山:女性としても男性としても生活した経験を踏まえると、性差は非常に大きく感じていました。

もともと女の子として生まれて、「女の子らしくしなさい」と言われるわけです。自分自身はそれが分からなくて「女らしさってなんだ?」と悩みました。次第に、自分がトランスジェンダーだということに気付いて、トランジション(性別移行)したいと考えるようになったんですね。もちろん反対もされたんですけど、思ってたよりも「お前らしくていいよ」と言ってくれる人が周りに多かったです。

そうしたら、今度は「男らしさ」を求められるようになったんですね。例えば、僕は甘党なのでケーキを食べてると、「そういうところはやっぱり女だよな」と言われたり。

15年くらい前は、LGBTQであることをオープンにしながらハッピーに暮らしている大人がほとんど見えてこない状況だったんです。楽しく生きてる人がいてもいいと思って、そういう内容の本を出したんですね。そしたら当事者の方々から「そんなに楽しそうに生きているのは、性同一性障害として偽物だ」と言われてしまって(笑)。

常に「女らしく / 男らしく / トランスジェンダーらしく」というようなことを言われるうちに、結局僕は僕でしかないということにたどり着いて、少し気持ちが楽になりました。あっちにもこっちにも行った経験というのがそうさせてくれたのかなと、今では思いますね。

 

森本:その行ったり来たりする感覚って大事ですよね。常にぶれてたほうがいいというか、はっきりと決めない感じが徐々に自分らしさを作っていくというか。

私自身も広告デザイン依頼されるときに、「女性ならではのデザイン」を期待されることも多いんですけど、自分の中に12人ぐらいの違った属性を作って会議しながら進めます。限定された依頼ほど客観性を保つように気をつけますね。

 

キム:私も「女性だから」ということで、広告の仕事の依頼をいただくこともありまして、チャンスと思えることもあれば、「女性である前に人間なんだけれど」と葛藤することもあります。

 

宮田:そういう意味では、セルフバイアスの源はあらゆる属性にあるんです。性だけじゃなくて、人種や生まれ、地域だったり。個性や違いと呼ばれるものが、あらゆるバイアスの源になる。

ただ、なぜまず性差を考えなくちゃいけないのかというと、最も身近にありながらも解決が全然されていないし、善意のかたちで人を縛り付けるようなことがあるからです。

例えばセルフバイアスチェックの中に「出産直後の女性は大変なので出張を命じるのは控える」という項目があると、たいていの男性はチェックします。でも、それは今のところ不正解なんですね。出産直後でもその女性はキャリアを望んでいるかもしれない。本人に意思を確認することが必要で、このように善意からきているけれども、人の可能性を狭めているようなことが社会にはいっぱい転がっているわけです。

これは社会バイアスであると同時に、セルフバイアスにもなりえます。女性活躍社会と言うと、活躍できていないと感じている人たちが立ちはだかる。これは先ほど杉山さんがおっしゃった、LGBTQは苦しまなきゃいけないというバイアスにも通じますね。

こういった議論をするときに、まず言うようにしているのは、「活躍を支援するからといって、全ての女性がそうしないといけないというわけではない」とうことです。キャリアを選んでもいいし、選ばなくてもいい。人生の局面において、フラットに選択できるかどうかが重要なんです。

シニアのおじさんたちが「いや、女性はキャリアなんて望んでいないんだ」みたいなことを言いますけど、まずフラットに選択できる環境をその企業は作れているのか疑問ですよ。

可能性、多様性を人々の前に開くために何をすべきか、という視点が大事ですよね。

宮田 裕章(データサイエンティスト | 慶應義塾大学医学部教授)

 


福田:宮田さんがおっしゃっていること、非常に大事ですよね。私自身も「女性が輝く社会」という言葉を掲げられたときに、「輝く」の部分に引っ掛かっていて。

ここで想定されている「輝く」って社会で働くことですよね。女性が自分の思うように働けるようになることはとても大事なんですけど、一方で家庭内での育児や家事についてはあまり語られていなくて。

女性の社会進出が語られるなら、男性の家庭進出も同じように語られるべきだと思うし、輝くものとして扱ってほしいですよね。

今、スウェーデンに留学していて思うのは、男性が育児や家事をしたいという声が高まって、積極的に関わりたいものとして扱っているんです。そこを語っていかないこと自体が不平等だなって思うんですね。

 

宮田:まさにその通りで、この問題は女性だけで語られてきていたんですけど、そうじゃなくて。特にこういう差別がある問題というのは、差別されていない側が変わんなきゃいけないんです。

さらに言うと、男性側を縛っているものはなんなのかということ。やはり会社に残って出世しなきゃいけないし、家庭に入った者はそこからこぼれ落ちたように見なすバイアスがありますよね。子育てに関わること、あるいは会社以外で人生を過ごすことの素晴らしさを見直さないといけない。

 

キム:銅冶さんはガーナの女性を支援している観点からどうお考えですか?

 

銅冶:やはり性差というのはもの凄いですね。女性は働け、家のこともやれ、という感じで。田舎に行けば行くほど女性の方がよく働きますし、家のことも全部やっています。

男性側に働きかけるにしても、話が通じないというか。僕たちはガーナに学校を建ててますが、学校に行ったことがない人にその重要性を説いても理解されないわけで。

意識や文化が根付いていないところに、外国から働きかけてそういった政策を打っても解決する問題ではないんですね。「学校教育が大事です」とか「ジェンダー格差なくしていきましょう」ということを、一から説明をして、根気よく根気よく、繰り返し繰り返し唱えていかないと本当に変わらないです。

 



「理解よりも人権が先」

 

キム:続いての2つ目の問いにつながるかなと思っているんですけれど、「セルフバイアスから解放させるには」という問いについて考えたいと思います。

 

森本:私の経験から言うと、絵を描くことの自由さに繋がっていくんですよね。今、子供が幼稚園にいってるんですけど、「クマは茶色で塗りましょう。ライオンは黄色ですよ」っていう話をされるんですよね。なので、紫に塗ってしまったら変な目で見られたり、「自分は絵が描けないんだ」と思ってしまったり。学校という小さな社会の中で、もうバイアスみたいなものが作られてるんだなって、子育てして改めて思いました。

だから、セルフバイアスに関するような相談をされたときは、「正解はないよ。自分が好きなようにやってみれば、それがあなたの絵になるよ」という話になりますね。どんな線でも色でも、点を一つ打つだけでもいいじゃないですか(笑)。

森本 千絵(アートディレクター・コミュニケーションディレクター |株式会社goen°主宰)

 

宮田:僕も森本さんと全く一緒です。大事なのは平均値、あるいは単一の正解という枠に自分を押し込めないということだと思います。

これまでは大量生産、大量消費の社会だったので、みんなの平均をとって、目標を1つにして教育、生産、サービス提供してきました。これからは、データAIを使うことによって、多様な価値観を扱える社会がやってきます。

例えばコロナ禍の給付金ですね。日本はひどいデジタル環境で遅れて予算も余計にかかってしまいましたけど、イギリスなどは数日で配り終えて、さらに必要な人には必要なタイミングで給付できていた。

他にもシングルマザーの貧困や生活保護、子どもの困窮などに対しても、一律のルールに則って運用するのではなく、さまざまなデータをシームレスに活用すれば一人一人の状況に合わせた支援ができます。こういった、多様なものを多様なまま扱える社会を前提にしながら、セルフバイアスを解放していくことが必要になるんじゃないかなと思います。

 

杉山:ちょっと違う視点から言わせていただくと、意識が変わっていかないのを個人の責任に負わせてはいけないと思うんですね。人々の意識が変わったことによって制度が変わることはもちろんありけど、制度が変わることによって壱岐市が変わることもあります。

例えば、同性パートナーシップについて、「国民の理解が得られない」と理由で動いてくれない政治家がたくさんいるんですね。いや、それは国民のせいにしてるだけで、自分が理解してないからだろって言いたくなるんですよ。都道府県単位で一番最初に同性パートナーシップを採り入れて下さったのは茨城県で、大井川知事は「理解より人権が先だ。理解がないからこそ、制度を導入する。それが行政の役割だ」と言い切ってくださって。制度ができたら一気に理解も進んだんです。

LGBTQに対する差別、偏見は、制度に大きく関わっていて。すべての国民は法の下において皆平等に、と言っているにもかかわらず、例えば結婚はできる人とできない人がいるわけです。逆の言い方をすると、すべて国民というものに、LGBTQは含まれてないということですよ。だから、「すべての国民」に含まれない人たちが差別されてもしょうがない、というロジックになってしまうし、ネガティブなセルフバイアスもかかってしまう。

しっかり制度を変えることで、広く意識を変えていくことが重要だと改めて思いますね。

 

福田:私は避妊のアクセスに関する活動をしていて、自分でも低用量ピルを飲んで生活しているんですね。人によって生理痛を軽減したい、月経をコントロールしたい、避妊したい、と色々な理由があるのに、日本だと社会から冷たいめで見られてしまうんです。

でも、スウェーデンでは「自分の身体を大事にして偉いね」って言ってもらえて、自分のライフプランや体調に応じた色々な避妊の選択肢を出してもらえるんですね。

そこで自分に対するセルフバイアスから解放されました。

選択肢がないと、セルフバイアスやソーシャルバイアスをなかなか越えられないと思うんですよ。性教育に関しても、「これが正しい姿です」と押し付けてしましがちで、そうなるとそれ以外のものを否定することになってしまいますよね。

自分が望む道を選べるように情報や手段を提示していくのが大人の役割なのかなと思います。


福田 和子(#なんでないの プロジェクト代表)

 

 

人を属性で見る限界

 

キム:最後の問いになりますが、「女性が創造性を発揮できる未来とは」について、みなさんにヒントをいただければと思います。

 

杉山:まず多様性の中にある、さらなる多様性にしっかり目を向けていくということだと思います。

トランスジェンダーの中にもいろんな人がいますし、ましてやLGBTQというカテゴリーには本当にいろんな人がいて。男性や日本人にもいろんな人がいるのと同じですよね。

属性で何かを語るということに限界がきてると思うんです。属性ではなく、個人としてしっかり見ていくことが大事なんだろうと。

あと、個人的に母から言われた「どれだけ多くの人に会うか、どれだけ多くの活字を読むか、どれだけ多くの距離を移動するか、これによって人の成長が決まる」という言葉が今に生きているなと。スマホさえあれば世界中の情報が手に入りますけど、ちゃんと自分の経験として、物事にはさまざまな側面があるということを知ることがバイアスから自分を解放してくれるポイントなんだと思います。

 


杉山 文野(株式会社ニューキャンバス代表 | NPO法人東京レインボープライド共同代表理事)

 

銅冶:「ステイホーム」という言葉が定着しましたけど、人口の80パーセントが日雇いで生きているガーナだと「ステイホーム」は次の日を生きるお金が手に入らないということを意味するんです。

こういった環境で、女性の創造性を発揮する社会には行きつかない。その中で、我々は女性が活躍できるようなライフモデルをまずは作っていかなくちゃならないと思ってます。

杉山さんのおっしゃっている通り、どこに行ったことがあるか、活字をどれだけ読んだかという経験が圧倒的に途上国は足りない。それは日本においても、男女によっても格差がすごくあると思うんです。その差を埋める環境や場所を作っていきたいですね。

 

宮田:杉山さんがおっしゃったように、女性っていう属性だけじゃなく、その中にある多様性も含めて、あらゆる立場のヒトが創造性を発揮できる未来を目指すということが、やっぱりすごく大事ですよね。

ではどうしていくかと考えたときに、先ほど銅治さんにお話いただいたガーナの現状も全く他人事でなくて。もっと言うと、アメリカのブラック・ライブズ・マターも近い問題を内包しています。コロナの死亡率に、人種は関係ないという科学論文が出ているんですけど、実際はアフリカン・アメリカン死亡率はホワイトの2倍だったんです。なぜかというと、色々な格差が内包されていて、エッセンシャルワーカーとして働かざるをえなかったり、肥満や喫煙が社会構造として定着していたり、ということが積もり積もって2倍の差に繋がってしまった。

最初の権利章典にブラックの方々の権利について書き込めなかったツケが全然解決してないじゃないかと。「オール・ライブズ・マターじゃないのか」という批判もありますけど、まずここから解決しないとアメリカは一歩も前に進めないぞという問いなんです。

同じような問いはガーナにもあり、日本にもある。日本にはもちろん色々な問いがありますが、女性の生きづらさに関しては先進国どころか中進国を含めても最下位ランクなんです。それを考えると、これを解決することは社会全体にとってど真ん中の問題だと思います。

今までは経済合理性に飲み込まれて、我々は歯車になっていたわけですが、これからはまず一人一人の生き方が先にあるべきだと。そのためにどういった楔を打っていかなくてはいけないのか。仕組みや権利、芸術活動など、みんなで方向性を共有しながら刻んでいくことが必要なんだと思います。

 



バイアスを共有し、向き合う

 

キム:お時間が終わりに近づきました。最後にみなさまから一言ずついただければと思います。

 

杉山:あらためていろいろ考えると、やっぱりバイアスをなくそうって考えるのは、やっぱり難しいのかのと。それよりも、良くも悪くも、自分にも社会にも、無自覚なものも含めてバイアスがあるんだっていうことにしっかりと気付くことが自分を解放する第一歩だなと思いました。

自分自身もこう言いながら、娘にはかわいいもの着せたいなとか、息子には強く生きろと言いそうになったりしてますので(笑)、その度に「これでいいんだっけ?」と戒めながら生活していければと思っています。

 

銅冶:最初はバイアスについて語れるか不安だったんですが、みなさんとお話して、拠点が東京かガーナかということよりも、共有することの大事さに気付きました。自分のバイアスを語ったり、みなさんのバイアスを伺ったりして、共有しながらバイアスに向き合っていくことが有意義に導いてくれるんだなと思いました。


銅冶 勇人(起業家 | 認定特定非営利活動法人Doooooooo代表理事 | 株式会社DOYA代表取締役社長)

 

福田:今私が大学院で勉強していることは、個々人のソーシャル、エコノミック、ステータスの違いによって、最終的に医療や教育や、いろんなところに影響が出て格差になっている、ということなんです。公衆衛生でもこの格差を大きく扱うようになっちます。

これを埋めるためには、経済的な損得の話の前に、人らしく生きる権利がありますよ、という理解がある社会になっていくべきなのかなと。人権や権利っていう言葉自体が煙たがられてしまう社会だったりするので、それが問題ですよね。それを守るために制度や社会があるんだっていう認識になっていけばいいなと思います。

 

宮田:非常に深い問いをさまざまな多様な方々と、多様に共有することができて、僕自身もすごく学びになりました。

個人としてどう一歩踏み出していくか、向き合っていくかっていったときに、いつも大切にしていることは、人が大切にしているモノを一緒に大切にできるかどうか。これはまさに共有ということにもつながっていきます。こういったことを積み重ねながら、自分の生き方を社会と響き合わせていくことが、状況を一個一個改善していくことにつながるんじゃないのかなと感じています。

 

森本:「バイアスってそもそもなに?」ということからスタートしたんですが(笑)。こういうふうに話し合う機会そのものが大事というか、一歩踏み出しているんじゃないかなとあらためて思いました。普段おしゃべりしたことないみなさんと話せたことで、また新しいきっかけをいただきました。

これからも耳を澄ませて、思ったことや感じたことはちゃんと声に出して。今日この時間の有意義さを1人でも多くというか、こういう機会がない人とも一緒に共有していけるような、場所や、時間をつくれるように、自分の仕事の立場を通しても、一歩踏み出したいなと思いました。ありがとうございます。