REPORT
Human Creativity

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2021.2.9 (TUE)
16:00 @
【レポート】『養老先生、「創造性」を語る』

医学や解剖学の知見をベースに、哲学的な話題や文明論を幅広く論じてきた東京大学名誉教授の養老孟司。2003年にベストセラーとなった『バカの壁』以降、その思想は広く知られるようになった。学問の専門性にとらわれず発言する姿勢は「あたらしい世界制作の方法」を探求するUNIVERSITY of CREATIVITY(UoC)とも共鳴している。この日のセッションでは、かつて養老の助手も務め、現在は東京藝術大学で教鞭を執る布施英利を聞き手に迎え、後半はUoCの市耒健太郎も視聴者の質問を吸い上げるかたちでトークに参加した。日本を代表する「知の巨人」にとって、創造性とはいったいなんなのだろうか。


「逆に意図していないところだったり、先が見えないところに生まれるものこそが創造性なのではないでしょうか」(布施英利)


「「自分」について思うのは、かなり邪魔くさいというか、不要なものじゃないかという気がしています」(養老孟司)


「全部にピントが合っていたら、実際にわれわれが普通の世界を見て肉眼で見ているのとはまったく違うものまで見える。これを自然と呼んでいいのか。いわゆる自然と呼んでいたものが、非常に自然離れしてきました」(養老孟司)


「僕だったら標本をつくっているときに「生きるとはどういうことか?」なんて考えませんよ」(養老孟司)




創造性と環境の相関性


養老「一般に創造性というのは、欧米では個人に属したものとして捉える傾向が強いと思うんですが、日本の場合は必ずしもそうした前提になっているわけではありません。例えば伝統的な美術の世界には、近世絵画なら狩野派、四条・円山派など「流派」がありますよね。そこでは師匠のやる通りやれと教わります。でも完全に人のまねはできないわけですから、そこからいわゆる「創造」が始まる。つまり僕がいいたいのは、創造性には個人の外側にある既存の様式や、環境だったりが大きく影響しているんじゃないかということです。そう思うと、大勢の天才を輩出した古代のアテネは、人々がそういう活動をするのに適した場所だったのではないかと思います。クリエイティブなことができるような環境だったんじゃないか。

 

日本の場合は、京都学派にそのような雰囲気を感じます。桑原武夫が「森外三郎先生のこと」っていうエッセイを書いているんですが、森先生というのは、京都府立第一中学校の校長で、そのあと旧制三高の校長になった人物なんですね。その時代に育てられたのが桑原武夫と、そして今西錦司なのです。」

 

桑原武夫(1904-1988)はフランス文学者でありながら、領域にとらわれない幅広い文化活動をした人物であり、今西錦司(1902-1992)は日本の霊長類研究の基礎を築いた人物としても知られている。こうした人的なネットワークは、創造を生むためにポジティブに作用するのだ。そして話題はさらに普遍化され、システムや制度についての議論に移っていく。

 

布施「僕が若い頃に養老先生がおっしゃっていたことでいまだに覚えている言葉があります。それは人生において分かれ道があったときに、2つこの先の道があったときに片方は先が見える。もう片方は先が見えない。そのときにどっちを選ぶかというと、先が見えないほうを選べというふうなことをおっしゃっていました。この考え方は創造性ということにもつながるかと思います。創造性を育てましょうといってもそれは育つものじゃなくて、逆に意図していないところだったり、先が見えないところに生まれるものこそが創造性なのではないでしょうか。」

 

養老「それはその通りだと思います。しかしその一方、近代社会ではシステム化が進んでいますからその維持ということが大事になるのかもしれないですね。だからシステムの内部からそれ自体を壊すようなことをするのはよくないこととされ、大体芽のうちにつぶされることが多い。

 

それと日本が戦争をしているときもそうだったと思うんですけど、システムはそれが一度出来上がり、続いていくと引っ込みがだんだんつかなくなってきちゃう。思い切って「やめた」ということが言えない。なぜかというと、今まであれだけ努力をしてきたじゃないかという声が必ず出てきちゃう。今までこれだけ犠牲を払っているのに、なんでそれを無にするのかという。だからより完成したシステムほど、労力を逐次投入していくことになる。」

 

布施「進み始めてしまったものを止めるのは難しいということですね。」

 

養老「三国志には鶏肋(けいろく)という話があります。曹操が戦線が膠着した時にその言葉を発し、側近はその真意をくみとり撤退した。鶏肋、つまり鳥のあばら骨からは出汁は取れますが、腹を満たすほどの肉はついていない。だから思い切って捨てろという意味になるわけです。でもこういった判断は難しい。皆さんも大体の人が記憶にあると思うんだけど、がまんしろって言われるじゃないですか。日本人は若い人に向かって「俺もがまんしたんだからお前もがまんしろ」みたいな態度に出がちです。」

 

布施「そのようなシステムというか慣習は、例えば50年後とかも同じようにずっとくり返しされるんでしょうか。仕方がないものなんですかね。そういうふうにみんなで進み始めちゃって止まらなくなってという。そこに創造性が何か絡んでくることによって解決が図られるのかが気になります。」

 

養老「そういうときに、今までなかった分野というか、余地があればいいんですよ。アメリカの歴史がそうですね。大きな土地が空いていたことに気がつく。先住民がいたわけですから空いていたわけではないんですが、それをないことにしちゃった。そうするとヨーロッパでやっていけない人たちがそっちへ出ていくことができたんです。創造性とは少し違うかもしれないけど、そういう余裕が必要だと思うんです。」

 

布施「それは昔先生がおっしゃっていた、分かれ道があったときに先が見えないほうを選べというのと通じるところがあるような気がします。では今の私たちにおけるアメリカ新大陸みたいなものはどこかにあるんでしょうか?」

 

養老「今ならAIの分野が余地として挙げられるでしょう。でもそれが少なくなってきたのが現代の問題です。」

 

布施「では現代における創造性の条件として、誰も足を踏み入れていない余地を探すというか、それを試みるということが重要になってくるわけですね。」






『バカの壁』のクリエイティビティ


ここからセッションは創造性についてより具体的に議論すべく、養老の著述活動について掘り下げられていった。

 

布施「養老先生の場合の創造性というのは研究とか著作だと思うんですけれども、今の社会が煮詰まっているにしても、これまで何度かブレイクスルーがありましたよね。例えば、『バカの壁』という本を書いたこともそうしたきっかけになったのではないでしょうか。あの本の登場自体がものすごく創造性に満ちたものだった気がするんですけれど、今を振り返られて『バカの壁』というのは、なぜ450万部という爆発的なヒットを記録したんでしょうか。」

 

養老「いや、さっぱりわからないところはありますが、ひとつは人文科学が使っていたようなものを、理科的に扱えたことが大きかったのかなと思います。」

 

布施「なるほど。では『バカの壁』は、文科系の中に理科系的な新しい余地を持ち込んだということになりますね。でも一方で日本には、文系と理系の狭間で紡がれた知的系譜というのもあると思います。養老先生の先達といいましょうか。例えば僕は先生からかつて芥川龍之介と森鴎外が会ったときの話をすごく面白そうに紹介していただきました。それは、若い芥川が鴎外のところを訪ねて行ったら、鴎外がカードを書いていて、そのカードを複数枚並べては順番を入れ替えたりしながらストーリーを考えていたというエピソードです。それを見たときに芥川は直感的に、これは文学ではないと思ったそうです。僕にとっては、鴎外と養老先生の姿が重なって見えます。つまり、芥川的な文学観からいくと鴎外は文学ではないんでしょうけど、鴎外が文学でないはずはありません。鴎外には芥川でさえもわからない境界、つまり理系と文系の境界の余地みたいな場所で創作を行っていたのではないでしょうか。そしてその境界でこそ見出せる創造性は、『バカの壁』においても一番うまく作用していたような気がします。

 

同書には冒頭「これはひとつの実験である」と書いてあります。先生は名文家なので自分で文章を書けるわけですけど、あの本ではあえて編集者に語ってそれを文章化しています。ある意味、自分を捨てることによって完成したのが『バカの壁』とも言えるのです。その延長で伺いたいのですが、そのあと『自分の壁』という本も書かれていますよね。先生にとって自分という存在についてはどうお考えなのでしょうか。」

 

養老「「自分」について思うのは、かなり邪魔くさいというか、不要なものじゃないかという気がしています。

 

布施「自分というのは不要だと。」

 

養老「例えばピタゴラスの定義なんて名前がついちゃってますが、別にピタゴラス関係なく定義は成り立ちますよね。こうした個人、あるいは自分とは関わりなく成立する数学の定義などを『バカの壁』では「強制了解」と呼びました。そのもの自体として成り立ってしまっているという。」

 

布施「あの本を書いた頃先生がおっしゃっていたことなんですが、誰かが『バカの壁』に対して「こんな本は当たり前のことしか書いていない。誰でも書ける」という批判を言って、そのとき先生と話したんですけど、凡庸と当たり前は違っていて、凡庸というのは駄目なものだけど当たり前というのは実はすごく大事なことだとお話されました。あまりにも当たり前すぎて、誰も言ってない「世界のど真ん中」みたいなところですね。それは自分を捨てることによって見出せるものなんでしょうか?」

 

養老「そうですね。クリエイティビティという今日のテーマに戻りますと、僕がいつもそんなことあんまり気にしていなかったのは、その人が何かしているとき、その人らしさがひとりでに出てくるわけでしょう。それが周囲にどう評価されるのかがいわゆるクリエイティビティなんじゃないかと思います。運がよければ非常にそれが大きなものとなり、運が悪ければ「あいつの勝手」という形で捨てられてしまう。

 

僕にも常識みたいなものがあるんですが、一方でいろんな常識を無視してきました。例えば現役のころ他の先生に、一般の雑誌に何か書いたら「おまえはジャーナリストになるつもりか」って言われたこともあります。つまりアカデミズムの中に、そういうことはするもんじゃないという常識があったんです。でも個人的に、根拠のない常識はたくさんですという思いがあったから気にしてはいませんでした。」

 

布施「でも根拠がない常識が多いのだとしたら、新しい創造性の余地は常識の背後にあるとも考えられます。先生は著作を通して文系と理系といったカテゴリーや、アカデミズムの常識が越えられるものだということを示され続けてきたのだと思います。」

 


 


デジタル技術の発展により変わる自然観


養老「今は自然と人工物の世界がほとんどわからなくなっちゃってますよね。メディアアーティストの落合陽一さんが『デジタルネイチャー 生態系を為す汎神化した計算機による侘と寂』という本を書かれました。デジタルというのは人工化・閾値化の極みで、対するネイチャーというのは自然ありのままですから、タイトルを見たときこの両者は一致するはずないのではないかと違和感を覚えました。しかし医療の検査結果は数値化されていますし、デジタルが非常に身近になっていることは事実です。

 

そのような見方で捉えれば、デジタルネイチャーは新大陸です。とんでもないものが見えてきちゃう。知っていたつもりのことが、丁寧に見ると全然違う。とりわけ虫の写真なんかは最近ものすごく良くなっています。昔は1ミリ、2ミリの虫を写真で撮ろうとすると、ほとんどピントが合うところがなかった。今はピントの合う部分だけを合成して写真が撮れるようになった。

 

でも全部にピントが合っていたら、実際にわれわれが普通の世界を見て肉眼で見ているのとはまったく違うものまで見える。これを自然と呼んでいいのか。いわゆる自然と呼んでいたものが、非常に自然離れしてきました。

 

私たちの日常をとりかこむデジタル化された日常。それが養老の趣味である昆虫採集に関連する話題から人間の自然観に影響を及ぼしていることが語られた。デジタルをはじめとする最新技術はどのような創造性をもたらすのだろうか。人工知能との付き合い方や文明の在り方についてUoCの市耒健太郎も参加し、取り上げられるトピックはさらに広がりをみせていく。

 

市耒「人工知能は私たちの敵ですか? 味方ですか? 私たちはどのように人工知能の時代を生き抜けばよいのでしょうかという質問が視聴者からきています。」

 

養老「人工知能は扱い方にもよると思いますね。自分にとって便利のように使えばいいので。道具はみんなそうですよね? 刃物でもそうでしょう。自分の指切っちゃ話にならないけど。そうでなければ切れるほうがいいわけです。使いこなすしかないですね。」

 

市耒「人工知能の計算のスピードはどんどん速くなっています。最適化や合理化の名のもとに僕らの行動・位置は演算されてしまう。スマートフォンを中心に生活し、いつの間にかこれに反応しているだけで一日が終わる。アルゴリズムの奴隷みたいになってしまうという危惧に対してはどうお考えですか?」 

 

養老「だから外に行けって言ってるんです。そのときには、別にスマホ使ってませんから。この季節になったら梅が咲いて。今日も鳥が来ていましたけど、そこに餌やっていました。」

 

市耒「ある種、こういったデータ界とか解析界の閉じた系じゃなくて、開いた系に自分を放すことで得られる創造性やインスピレーションがあるということですかね。」

 

養老にとって、そのようなインスピレーションやひらめきはどこから訪れるのだろうか。

 

養老「それは茂木健一郎くんに聞いてくださいっていうしかないね笑 アハ体験。」

 

市耒「アハ体験について先生のお考えをぜひ一言いただけませんか?」

 

養老「やっぱり、相当煮詰まるまで考えないと駄目ですね。考えたあげく、出口がないような気がしているんだけどどこかで急に抜けるんです。寝てる間やリラックスしているときにそうなる人もいる。ポアンカレは馬車に乗ろうとして足をかけた瞬間に問題が解けた。アルキメデスはお風呂。でもその前に、さんざん苦労して考える準備段階があるんです。

 

市耒「なるほど。次の質問なんですが、ウィズコロナ、ポストコロナの状況下において、それを生き抜く創造的な知恵とはなんなのかといった質問も多く来ています。」

 

養老「僕の知り合いにはそういうことにほとんどまったく関係なく生きているやつがいます。田舎で農業をやっていたりすれば食っていく分にはそれで自給自足はできる。もちろん誰も彼もそうするわけにはいかないというのはわかりますが、あんまり全面的に人に頼る第三次産業的な仕事は、現在のように社会情勢に大きな変化が起きたときのリスクが大きいでしょう。」

 

市耒「より柔軟にそこから離れてみるということですね。これもスケールの大きい話なのですが、例えば、気候変動や持続可能性など、国際的に重要だとされていることが日本だとどうしても自分事化されないということに対して、その壁はどうしたら打ち破れると思いますかという質問がきています。」

 

養老「日本の場合は自然が非常に複雑なんですよね。だからもう少しそういうことを勉強する機会がほしいなと思います。ただよく例に出すんですけど、カナダのバンクーバーのホテルに行ったときに一番驚いたのは、現地の州の自然史の本がホテルの引き出しに聖書と一緒に入っているんです。自然史が一冊の本に書けちゃうの。日本ではそのように一冊にまとめることは難しいでしょう。植物は植物。昆虫は昆虫でものすごく複雑ですからこういう本が書けていないんですよ。だから、地方に住んでいる人は自分の住んでいる土地がどういうところかというのをもう少し理科系的な目で見てほしいですね。最近ジオパークも随分できていますから徐々に理解は進んでるような気もしますが、自然と向き合っていると退屈するヒマがないんですよ。野草や石ころを拾って見ていてもいいし、それこそ探せば恐竜の化石とかも出てくるかもしれませんからね。」

 

市耒「専門領域の壁を超える文明史観とか自然史観というものがまだ日本ではつくられていないということなんでしょうか。」

 

養老「現在の自然科学の体系の中でもうまくいってないように感じます。だから、SDGsと言われても、自分が維持しようとしているものの正体が複雑だからよくわからない。デジタルネイチャーで自然がよくわからなくなったと同じように、日本の自然というのはカナダの自然とは随分違います。

 

日本人が作り上げた社会でも同様です。関東と関西の違いとか、なんでいろんな方言があるのかとか。わからないことがいっぱいあるんですよ。」

 

市耒「西洋の自然史の話題が出ましたが、西洋には一神教の存在もありますし、中世から引き継いだ都市文明の基礎も強いですよね。日本にはある種いい意味でもいろいろな方言=プロトコルがあることで、まとめきれないみたいな文化があります。先生はわからないことを全部を同じにする文明史観に対して、今までかなり批判をされていたと思います。」

 

養老「一神教はそれが具体的な社会システムみたいになってくると、その中でしか考えることができなくなっちゃいますよね。私なんかイスラムの社会に入ったらどうなるんだろうと思います。」







「生きること」に集中する



市耒「やっぱり面白いものを見つけるという、新大陸のようなニューイメージを見つけることがもしかしたら今日のテーマである創造性を生むためのヒントなのかなと感じました。ここで一番多かった質問をしたいと思います。とどのつまり、「生きる」とはどういうことでしょうか?」

 

養老「皆さんそれを探して生きてるでしょ。」

 

布施「先生の『遺言。』の冒頭のほうで自分がこれまでやってきたことは2つあって、1つは人とは何か。もう一つは生きるとはどういうことかということをずっと取り組んできたと書いていますよね。」

 

養老「生きるというのは、こういう質問がでないように時間を過ごしていくということです。」

 

布施「そんなことを考えているひまがあったら、手を動かせみたいな。

 

養老「そうですね。ある種の必然を持った手の動かし方というのはこういう問題を消しちゃいます。僕だったら標本をつくっているときに「生きるとはどういうことか?」なんて考えませんよ。そんなこと考えたら虫の足が折れちゃったりしますから。やっぱり集中しないと駄目でしょ。身体的に集中するって大事じゃないですかね。みんな集中するというと頭だと思ってますけど、座禅なんかはそれとは全然別の集中です。」

 

布施「生きるとはどういうことでしょうかなんて考えないで、身体的に集中しましょうというのが今日の結論というか…メッセージという感じになりますかね。」

 

市耒「意識が離れていくというか、無心ともいえるかもしれませんね。」

 

布施「才能、あるいは創造性って何かというときに、普通はほかの人よりもたくさんの能力を持っている人のことを考えがちなんですけど、実は才能というのは欠如なんじゃないかとも思います。随分昔の話ですけれども、小脳がない人がいました。小脳は平衡感覚などの運動感覚を司る器官です。でもその人は踊りの師匠さんをやってらしたんですよね。しかもほかの人と別の独自の動きをしていたそうです。自分の足りないところといいますか、才能の欠如みたいなのを探すと実はそこになにか可能性があるんじゃないかと思っています。」

 

養老「その典型は目が見えない人ですね。耳がいい。何かが欠けているということに注目して欠点とみることが多いけど、必ずしもそうじゃない。算数ができないというのを能力がないと考えるのか。これは非常に難しい問題です。感覚的な世界が強すぎて、数学的な抽象化が出来ない。このことを考えるために、もし「A=B」だったらという場合を考えてみましょう。AとBは違う字なので、概念としてはぶつかっているわけです。その違いを「=」にするにはどうするのか。そういうふうに考えることは別におかしいわけじゃないと思うんです。だけどそこは今でも僕も悩んでいます。じゃあいったいどこから抽象化された概念で、どこからが感覚的なものなんだろうっていう。」

 

養老はまるで世界そのものを解剖していくかのよう手つきで論理を展開し、気づきを与えてくれる。創造性はまったくの無から生まれるものではなく、周囲の環境やジャンルの境界に自覚的になることが重要なのである。しかし日々進歩するテクノロジーや感覚の変容のなかで、そうした態度を維持することは大変なことなのかもしれない。しかしこの日のセッションで述べられた養老の思想は、私たちの未来をより豊かに開いていくための重要な鍵となるのではないだろうか。