2021.11.4

Human Creativity

【連載】WHY CREATIVITY NOW. vol.1「すべてのニンゲンは創造的だから」

UNIVERSITY of CREATIVITYは開校して1年半。およそ10000名のビジターと100名以上のコラボレーターが参加してくださっていますが、その多様性を運営する中でもっとも重要にしていること、それはABCのフィロソフィー。

we are All Born Creative。すべてのニンゲンは生まれながらにして創造的である。です。


市耒 健太郎

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UoC PRESSの立ち上がりを記念して、今日はこの話をすこしします。

 

そもそも、赤ちゃんやこどもを見ていると、絵を自由に描き、歌を自由に歌い、自然に向かって我を忘れて駆け出していきます。こどもはだれもが、遊びの天才。トライ&エラー、いたずら、ユーモア、まさに創造性のかたまりです。

 

でも、成長の過程を見ていくと、そんなに簡単にはいきませんよね。小中高大から企業へと年齢を重ねていく上で、どうしてもいきぐるしい道筋になりがちな印象はありませんか。もともとあった創造性は、なにがじゃましているのか。ぼくは、真犯人が2人いると思います。一人目はジュケン、二人目はシューカツ、です。

 

こんなに脳科学が発達しているのに、なんでこどもの可能性を、いまだ偏差値というものさしで計ろうとしているのか。ニンゲンを記憶力で正規分布なんかしてはいけないんです。フジワラノカマタリが何年にどこで生まれたかなんて、wikipediaがある時代に、記憶する意味がいったいどこにあるのか。本来、教育は親子間でもっとも楽しい人生の行為のはず。偏差値でハジかれたこどものトラウマを考えたことがありますか。受験が与える切羽つまった家庭の雰囲気は、ひかえめに言っても、最悪です。記憶力とパターン認識による受験の勝者になっても、コンピューターのスピードにまったく勝てません。そういうふうに勝ち上がって得られる知性は2030年までに人工知能にとってかわられます。今のジュケンはある意味、「勝っても負け、負けても負け」なんです。




もうひとりの犯人は、シューカツ。そもそも、人生とは、「どのように生きたいか」と「どのような世界をつくりたいか」をむすぶアートです。なのに、終身雇用とよばれる謎の概念があって、そのレールに乗るための門を、いまだ社会全体で22歳の若者に洗脳している。自動車そのものを生み出した創業100年以上のフォードの時価総額は、環境意識の高いテスラにたった13年で抜きさられました。大企業の安定性は、もはやイメージほど安定していないのです。終身雇用は、イノベーションの観点からも、税制の観点からも、すでに崩壊しています。これまでの雇用体系は、第二次世界大戦後の高度成長期に基づいてできました。簡単に言うと、モノヅクリ一辺倒の時代に、株式会社日本という巨大工場を効率良く回すためのYESマンを大量に安定供給する必要があった。でも今は、モノヅクリよりモノガタリの時代。これからの世界に、そのような生き方はフィットしません。

 


(MANDALA VISION ©︎ UNIVERSITY of CREATIVITY 一人一人がもつ価値観や経験の多様性をビジュアライズ)

創造的なものを生み出すには、より創造的に生きるしかありません。これまで「クリエイティブ」という言葉は、エンタメ、放送、広告業界のために限定的に使われすぎました。それによって「クリエイター」とか「クリエイティブディレクター」という言葉がすっかり誤解されて浸透しちゃった。世界中のどんな仕事、経営者も、シェフも、教師も、プログラマーも、スポーツ選手も、カフェ店員も、どんな仕事も発想と実装という面で、ものすごく創造的です。そこには文系も理系も芸術系もありません。そして新しい世界をつくるという点では、学びは一生終わらないんです。だからUNIVERSITY of CREATIVITYでは、入学資格も年齢制限も一切設けていません。(なんなら今期は、ほぼ無料!) 下は5歳のこどもから官僚や企業役員や大学教授のおえらいさんまで、自分の人生にそれぞれの絵を描くために参加してくださっています。

 


 

「手描き」から、イメージの新大陸へ



(発酵醸造未来東京2050 ©︎恋する芸術と科学 〜 発酵醸造菌と屋台の共生、原画)

 


ふざけててもいい。落書きでもいい。絵の上手い下手でもない。おもしろいものを作るには、いまさらですが、手描きが近道です。

 

0から10までの生産工程のなかで後半はどうしても機械や人工知能の力を頼ることが多いけど、ゼロイチのひらめきだけは、コンピューターにゆずりたくないですよね。

 

さいわい手描きでは同じものはひとつも生まれません。創造性の魅力のひとつは、「一点もの」であるということです。その妄想も発想も構想も、手描きなら、自由に盛り込むことができるのです。なにより描いたひとの匂いがめちゃ残る。

 

最近は、多くの企業の企画資料が、画像検索&コピペで作られることが多いと聞きます。DXキャンペーンの成功例を勉強しすぎると、やっぱりなぞったようなものができます。それの上っ面を変えたとしても、大きな構造は一緒だから、根っこでは模倣品です。

 

UNIVERSITY of CREATIVITYでは、ちょっとくらい失敗してもいいから、見たことのない絵を描こうぜっていう社会機運を生みたいんです。教育の問題も、格差の問題も、温暖化も、海洋汚染の問題も、ここまでまったなしなのですから、現状のマイナーチェンジではとうてい解決できません。いまこそサステナビリティとクリエイティビティを掛け合わせた「びっくり仰天の絵」が、影響力のある企業や政府の机にはあふれかえってないとおかしいわけです。

 

以前、「恋する芸術と科学」の取材で、元東大総長の蓮實重彦さんのご自宅でお話しを伺うことができました。そのとき、印象に残った貴重な一言があります。



 

“文明が進化しているかどうかはともかく、ある1人の人間が、この瞬間に自分は間違いなく変化したという神話を持てないと生きていけない。”


 

(発酵醸造未来東京2050 ©︎恋する芸術と科学 〜アスペルギルスオリゼの菌膜で構造化された東京をCG描画)

 


二足方向によって視座を上げ前頭葉を大きくしていったニンゲン。網膜から電気信号を受ける神経線維は、束になって脳に集まりながら、いつも「イメージの新大陸」を目指してきました。新しいものを見たいという気持ち。未知を面白がる気持ち。たった1万年前の狩猟採集から始まり、農耕、貨幣の誕生、都市の形成、市民革命、ネットグローバリゼーションへと、まったく新しい未来を、いつも夢想癖のだれかが妄想し、冒険家のだれかが実現させてきました。

 

この世のちょっとした閉塞感は、新大陸なんてもうないってあきらめているところから広がっているのではないでしょうか。ひとりひとりが、理系とか文系とか芸術系とかの殻を壊して、自分の会社や業界で常識だと思っていることなんてまったく常識じゃないと信じることができれば、もっとファンキーな未来絵が描けると思いませんか。

 

創造性の源は、なんだかんだいって好奇心ですから。

Catalyst
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市耒 健太郎
UoC 主宰

CMプランナーを経て、クリエイティブディレクター。デザインと次世代クリエイティブを融合する「恋する芸術と科学」ラボ設立。カルチャーマガジン「恋する芸術と科学」編集長。これまでの特集に「新しい世界制作の方法」「モノヅクリはモノガタリ」「君の言っていることはすべて正しいけど、面白くない」「エコ・エゴ・エロ」「Tokyo River Story」「非言語ゾーン」「食のシリコンバレー|JOZO2050」。発酵食べ歩きフェチが乗じて発酵醸造未来フォーラム代表。UNIVERSITY of CREATIVITY主宰。

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