2023.1.24

創造性ゼミ 2022

『ワラウドーブツ』〜創造性ゼミ2022を終えて

UNIVERSITY of CREATIVITYは、14の「創造性ゼミ2022」を開講しました。
それぞれのゼミが挑んだテーマは、創造性との関係を比較的容易に想像できるものもあれば、直感的には連想しにくいものまで幅広く、そこに集ったゼミ生たちの個性がお互いに刺激し合いながら、新たな価値が同時多発的に生まれる場となりました。
UoCプレスチームは、この学びの港を編み上げた各ゼミのプログラムディレクターにインタビューを行い、ゼミ生がどのような気付きを得ていたか、そしてどのような変化があったのか、深掘りを試みました。

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「笑い」ゼミから、自分と世界との関係に、明るい革命を。

 
AIの時代。人間は、「考える葦」から「ワラウドーブツ」へ

 
ーこのゼミのタイトルを「ワラウドーブツ」にし、「笑い」や「おかしみ」をテーマにした経緯を教えて下さい。
 
このゼミは「創造力の基礎研究」プログラムの一環として行われました。創造力や創造性には様々な定義がありますが、その一つとして「メタ(抽象)とクラフト(具象)を高速に行き来しながら、ある感情のイン点からアウト点までを、聴覚・視覚的な表象を用いてデザインする」ということが言えますよね。音楽・映像・本・絵画などはそうだし、笑いにもこういった骨格がある。
今期、基礎研究ゼミで取りあつかった「笑い」は、いわゆる芸人さんの「お笑い」よりも広義のものとして設定しました。NSC吉本総合芸能学院など、お笑い芸人さんを養成する学校はいくつかありますが、僕らの生活やアートに根ざした広義の笑い、つまり社会学、心理学、認知学、メディア論、表象文化論まで横断するような笑いの研究や探求は、今の社会に非常に大きな価値があると考えました。

現在、社会全体の合理化と最適化が猛スピードで進んでいて、スーパーコンピューターは1秒間に100京回も計算ができるところまで来てます。これは1人の人間の300億年分に相当するそうです。
古くはブレーズ・パスカルが「人間は考える葦である」と言いました。これはコンピューターがない時代には言い当てていても、ここまで高速かつ合理的に考えてしまうコンピューターに囲まれてしまうと、ものすごくパッシブな定義だな、と。そこで、「考える葦」の対極として、人間を「ワラウドーブツ」と再定義してみたらどうだろう、と考えたんです。植物でもなく、野性と知性を持つ動物。笑わせて、笑いあい、笑う動物。そこにおける大脳新皮質、旧皮質から爬虫類脳まで一気通貫しながら、ドーパミンやアドレナリンのソースを絡めて、創造性探求の旅をしてみよう、と。

(限られたお題から、アイディアと表現の無限の可能性を体感する)


(笑いのアーキテクチャ図:その一)



ーいわゆる「お笑い」だけじゃなくて、「思わず笑っちゃう」ような本能的な反応としての笑いも、ありなんですね。
 
すべて含めましょう、と。人間が持っている記号性や分析性、構築性に加えて、そういった野性や衝動まで含めて広く考察しました。たとえば、笑いには構築と脱構築を高速で繰り返す知的ゲームの側面もあるし、非言語的かつ生理的な反応もありますよね。「What to say(何を言うか)」と「How to say(どう言うか)」があったときに、「言ってることはつまらないけど、言い方が面白い」ということは日常的によくあり得る。同じセリフを違う人が言ったら面白いこともあるし、同じことを繰り返したらそれだけで面白くなることもある。そこにメタとクラフトがどう作用しているか文法化はできないし、文法化すべきでないけど、少なくとも、そういう現象から立ち上がる「心の事象空間」があるわけですよね。情念定型とも言える、例のあれが。

例えば、ゼミの中では「江戸時代の笑い」について研究して、ワークショップ形式で発表しました。江戸幕府のもと、豊かな町人文化が花開いて、さまざまな職業があって、言葉遊びやエッシャー的な騙し絵、鳥獣戯画など、高度に知的な笑いの様式があった一方で、変な手ぬぐいの巻き方や変な食べ方など幼児でも笑えるようなものも散在してるわけです。そうやって見ていったら、「おどけホルモン」「魑魅魍魎ストリップ」「アニミズムハリウッド」など、今でいう「ボケ / ツッコミ」のような図式には当てはまらない多面的な笑いキーワードが抽出できました。ああ、現代の笑いのツボって一過性であって結論じゃなんだ、と。笑いを通してだけでも、創造性の地平って広がっていきますよね。
 
 

メタとクラフトを行き来する最高の修行、それが「笑い」


(授業前に没収されるスマホに別れを告げる)




( 映像、身体表現、音楽、漫才・・・表現の幅が多岐に渡るゼミ生たち)


(与えられたお題に対して即興的に笑いを構築する実習)



既存のメディアや友達のSNSだけを追っていると、遮眼革を付けたような見方しかできなくなってしまうので、表現の生態系の宇宙はこれだけ広がっているということを、改めて認識してもらうこと。そして、世界と自分との関係性をクリエイターとして考え直すということを意識して、プログラムは設計しました。全10回の最後には、学んだことをテーマに卒業制作に取り組んでもらいました。
 
ー印象に残っている卒業制作はどんなものですか?
 
どの制作もめちゃくちゃ面白いものになりましたけど、このゼミの意味を問う視点からだと、結局、「M-1グランプリ」に出場しちゃったゼミ生ペアがいたんですよ。
ゼミを通して「笑い」を、社会学的、心理学的、表象文化的なあらゆるフェーズから広範囲に考察したのちに、やっぱり「お笑い」の定型に落とし込んでみようぜって。それでどれだけ新しいお笑いを再構築できるのか、と。

その際、「お笑い」は、もちろん企画だけじゃなくてクラフトを徹底的に磨き込む必要があるんですよね。メタな部分で面白いことを企画してそれをポンっとやっただけでは観客は笑ってくれない。落語家さんの修行じゃないですけど、若い世代のクリエイターに対して、ハンズオンの修行の大切さを押し付けはしませんが、自主的にずっぽり感じ取って欲しいとは強く願っています。舞台に立つということはそういう感覚を絶対に得られるし、一度でやめるのではなく、立ち続けることこそ最高の授業だから。
 

(笑える歌詞生成の研究)

 

ゼミが終わって1ヶ月くらい経ちましたけど、ゼミ生のみんなで「劇団」を作る計画をしているみたいで。そうやって職種も専門も違うさまざまな人生がUoCで出会って、衝突して、今後に繋がっていくのが一番嬉しいですよね。アート系だったらアート系、理系だったら理系、それぞれの専門で集まるだけじゃなく、色んなバックボーンを持った人たちが「笑い」という最高の共通テーマで研究して、ひとりひとりの人生が少しでも面白くなればと願ってましたから。
 
ー確かに、笑いというのはどのジャンルにも関係するものですね。
 

 

(基礎研究ゼミ第二期生「ワラウドーブツ」メンバー一同)

 

そうなんです。例えば「地方創生」という政策において、どうしても行政はマイナスをゼロにするような分析と戦略思考で動いてしまうけれど、もしも「日本一笑える村!」があったら行ってみたくなりますよね。こういうプラスに持っていくパワーとして「笑い」の可能性ははかりしれないですよ。

映画批評だったら日本には淀川長治さんや蓮實重彦さんがいて、映画学校があったり、芸術批評だったら岡倉天心から始まった連綿とした学問になって、美大があったり、「研究と育成のスパイラル」がある程度確立されてますけど、「笑い」における研究と育成は、ごく狭いフィールドでしか行われていませんでした。

今回のゼミ生はみんな若かったこともあって、自分の人生と創造性との関係を、広く考え直すきっかけにしてくれたと感じています。そういう意味では、単なる作家養成コースというよりは、自分と他者、そして世界との関係を構築し直すための明るい革命みたいなものに、このゼミがなってくれれば嬉しいですね。


(市耒健太郎 創造力の基礎研究ゼミ・拠点リーダー)

取材・文:張江浩司



市耒 健太郎がプログラムディレクターを務めたゼミはこちら→ ワラウドーブツ